文学
村上菊一郎はボードレール「悪の華」の翻訳を、 版が替わる都度、手を入れ成長させてきた。 同じように白井浩司も、サルトル「嘔吐」の翻訳の彫琢を続けたという。 そう聞くと、片言隻句に至るまで味わいたくなる。
吉田健一の文章は、 滋味豊かなのか、将又、屈詰・晦渋なのか、 ちょっと判断が難しい。其の両方だ、、と云われると、 妙に納得してしまうのだが・・。
熊手、閣く縄、十文字、 蜻蛉返り、水澄し 八方すかさず切ったりけり・・将に実況中継のバイブルだろう。 平家物語は橋合戦 浄妙坊の活躍である。
進学・上京したころ、立ち食いそば屋で一番安いメニューが「うどんそば」の140円だった。 お上りさんだった閑長が「うどんそば!」と注文すると、「どっち?」と聞き返された。 半世紀近い昔の話である。近頃、菊池寛の「半生の記」を読んでいると、 蕎麦屋…
作家は形容詞から腐る、とは開高健の言葉。 異議無し。更に、 文章は助詞で堕ちる、、 と付け加えたい。
「 Das Ewig-Weibliche zieht uns hinan 」 性差やLTGBを考える時、 文豪ゲーテが『ファウスト』の最後で記したこの文の、 “永遠に女性的なるもの”、の冠詞が中性の”Das”であることの、 意味と象徴性を想わずにいられない。
作家や画家の好みは、その嗜好と私生活がどの方向にどう破綻しているか、に多く左右される気がする。 金銭と女性に甘く、緩いと加点になる。 骨董、美術品を蒐集し、ために借金に追われるようなら大きな加点である。 ために短命や横死などと言ったら、花丸で…
谷崎潤一郎の女性遍歴をみると、山あり谷ありのその時々で作品をものしている。 あたかも創作ネタのために色事を積み重ねた感がある。 絵巻物にしたならば、さぞ偉観であろうと思う。 もしもその境涯が平坦ならば、谷崎文学は成らなかったと思う。 してみる…
近松は簡潔で、西鶴は朦朧・・ 近松はキレ味、西鶴は隠し味・・ 先の見立てが大谷崎、 後のは暇人閑長。
文学者、例えば谷崎潤一郎によれば、漱石の「こころ」は長すぎる・・、という。 短篇小説に相応しい筋書き、ということらしい。指摘の当否、適否は擱いて、「こころ」は漱石の作中、異色である。 展開が漱石らしくない。西洋的ともいえる。漱石らしい作品は…
ロシアの国立トレチャコフ美術館の収蔵品をみて、ぜひ訪れたくなった。レーピン、クラムスコイ、シーシキンにスリコフにベロフ、珠玉の作品が並ぶ。これを観ずして死ねるか、とそんな気持ちになった。間違くなく観ずに死ぬのだろうけれど、険しく鋭い象徴力…
源氏物語の女君「朧月夜」は高貴な生まれの艶やかかつ奔放な女性である。 光源氏と関係を持つが、最後には源氏にも告げずに出家、物語から退場する。 長谷川春子の源氏画で、男勝りの自身を投影して描いた女君としても知られる。 しかし、そんな闊達な女性に…
名は実を現す・・ 源氏物語のヒロインは皆、名前でほぼほぼキャラクターや役柄が知られるが、唯一の例外と言い得るのが、朧月夜ではないだろうか。 活発奔放な気性には、月夜ならむしろ三日月や十三夜が似つかわしかろうに。最後に姿を消す物語をもって " お…
マーク・トゥエインの「王子と乞食」(The Prince and The Pauper)はアメリカの作家マーク・トウェインが1881年に発表した児童書である。 日本では、明治32年に巖谷小波らにより『乞食王子』の題で翻訳されたためか、演目によって今でも「乞食と王子」とさ…
没後30年で清張ドラマの再放送が多い。「悲劇の最大要素は必然性」と言ったのはアリストテレスらしいが、清張はその“必然性”を、歴史のひずみや現代のゆがみに取材している。歴史の代表格として先の大戦、身分制度、現代の象徴としては企業や学界をしばしば…
「雨夜の品定め」を読みたくて『源氏物語』を再読した。若い頃はくどくどしいと思った記述にも人間の感情の機微と世間の仕来り、習わしが描き込まれてい、読み耽った。 『源氏』を書いたのが紫式部三十代の頃とすると、実経験だけでなく、想像の所産も多いは…
石原慎太郎の「我が人生の時のとき」を読むと「て」を省略し「い」で止めて、読点「、」とする文が多く、痺れてしまう。 「風が吹きすさんでい、」 「骸骨のように透けてい、」 等々 真似して書くと、脱落と見做されてわざわざ「て」を補われて、困る。 コト…
川端康成の「美しさと哀しみと」は中学か高校の時に読んだ。川端作品の中では一番惹かれた。同性愛の女が、弟子入りしている女流画家のために、かつて師の愛した男の家庭破壊を企てるという筋立てが、ドラマチックだった。文庫本でも手に入れて、転居の先々…
バルザックの「ゴリオ爺さん」は知れば知るほど名作と思う。手に取ったのが40代なのが悔やまれる。 サマセット・モームが「世界の十大小説」に選んで宜なるかな、である。 若い頃食わず嫌いだったのはタイトルの、陰気さ 爺むささだった。 原題は「Le Père G…
オーヘンリーの短篇は、“続き”を想像させる。 「賢者の贈り物」 数年して関係が冷えた二人が別れ、時計を送ってくれる女性とショートカット好みの男性を探し求める。 ⇒ない物ねだりはない物探し・・ 「赤い酋長の身代金」 成長した「赤い酋長」が強盗団に再…
「アンナ・カレー二ナ」の女主人公アンナは、最後に列車に飛び込んで自死してしまう。飛び込むその場面ではアンナが一瞬、ためらい思い留まろうとする様子が描かれているのだが、その部分を読み返すたびにトルストイの意図を思わずにはいられなくなる。逡巡…
少し前、読売新聞主筆の渡邉恒雄による昭和の回顧番組が放送されて楽しめた。中で渡邉は、若いころ読んだカントの有名な言葉を諳んじていた。番組とは直接関係のないシーンなのだが、驚いたのは、その言葉が書かれている箇所を、実に正確に上げてみせたこと…
荒このみ著「風と共に去りぬ -アメリカン サーガの光と影」は久々に文学の面白さを実感させてくれる一書だった。 マーガレットとレットのすれ違いのみならず、アシュレー、メラニーを加えた四つ巴えのすれ違いを、メンタルとフィジカルの二線で想像させてく…
人文科学の本を読むとドストエフスキーが実によく登場する。偉人、著名人の若き日の読書体験に多い。ミーハーな閑長は、ご多聞にもれず、短編、長編のほぼ全冊と、日記、書簡、創作ノートも読んだ。高価なちくま文庫や筑摩の全集、旺文社文庫版まで漁った。…
小説には虚点がいる。虚点のない小説は眼の入らないダルマ・・。 そんなことを言ったのは私小説家の車谷長吉だった。カズオ・イシグロの虚点は俯瞰的に人間の宿命を晒け出している。さながら神の眼のようである。 村上春樹の虚点は、隣人と過去をして囁かせ…
BSのリバイバル放送で朝のテレビ小説「あぐり」が流れてい、森本レオ演ずる森潤なる風来文士が登場する。ドラマでは、戦時中、一旦姿を消していたが、また大陸から舞い戻っている。この人のモデルはダダイスト辻潤で、終戦の前年初冬、アパートで餓死して…
I'm animated with hunger. Seemingly I musn't eat. 「嵐が丘」のヒースクリフの言葉である。じつに彼らしい。 はて、自分に引き比べて「hunger」に代わる語を入れるとすると、 やはりhunger、そしてliquer、さらにanger、hatredとなるか。 「eat」もそれに…
日が空いてしまったが、NHK「100分で名著 ボーボォワール『老い』」に肖った閑長の妄想、続々篇である。 『眠れる美女』で川端康成は、宿屋の女に「悪いことはなさらないのですから」と言わせている。「悪いこと」の意味と反語とメッセージを考えてみたい…
日が空いてしまったが、NHK「100分で名著 ボーボォワール『老い』」に肖った閑長の妄想、続々篇である。 『眠れる美女』で川端康成は、宿屋の女に「悪いことはなさらないのですから」と言わせている。「悪いこと」の意味と反語とメッセージを考えてみたい…
昨日の続きである。 放送大学の講義では、徒然草93段の解釈に小林秀雄を担ぎ出して、結論とも言えぬ結論でお茶を濁している。結論とも言えぬ結論・・との評価は、我ながら至当と思う。同段の最終節「生死の相にあづからずといはば、実の理を得たりといふべし…