miyukie33ok’s blog

閑長のひとり言

閑長のひとり言

想いで

血流か成り行きか

バートランド・ラッセルは、「若く脳の血流が良い時には数学を学び、中年になってキレがなくなると哲学を学び、更に衰えてからは歴史を学んだ」と語った、と記憶する。 閑長の関心は、哲学→物理学→美学→雑学、の順だった。脳の衰えとは無関係に、興味と携わ…

辞書を引く姿

高校時代、わざわざ職員室から図書館に浩瀚な英英辞典を引きに来る教諭がいて、小走りに辞書に駆け寄り、ページを捲り紙面に見入っていた。その教諭のそんな姿を、一度ならず何度も見かけた。 「背中で教える」「後ろ姿で諭す」という言葉があるが、たった一…

“ あっ ” で終わる「マー姉ちゃん」

朝ドラの「マー姉ちゃん」は、長谷川町子の「サザエさんうちあけ話」をドラマに仕立てたもので、今、再放送されている。多分、年度末の今週でお終いになる。初回放送は1979(昭和54)年というから、40年以上前の事である。当時、東京の下宿で寝転がって漠然と…

いにしえも・・

東京での学生時代にテレビでドラマ「万葉の娘たち」を観た。 ちょうど今時分の季節、期末試験の最中の放送だった。 各45分の四回ものだった。 『ドラマ 詳細データ』によると、「古都奈良を舞台に少し古風な四人の仲良し女子大生が、陶芸教室の女性講師の入…

マツモトジュンというイコン

松本潤が来年の大河ドラマの主演に決まったという。国民的グルーブ「嵐」の一員で、メンバーカラー紫のカリスマアイドルが、戦国を泰平に導いた英雄 徳川家康を演ずる。その報に接して同姓同名の旧友を思いだした。 中学時代、マツモトジュンという同窓生が…

稲穂の匂い

稲の穂に匂いはあるのだろうか。 高校時代の和歌を扱った授業で、担当教諭がある歌を採り上げて「稲の匂いというのは無いから、この歌でいっている“稲の香”というのは想像だろう」と話したことがあった。今、当のその歌を挙げられればよいのだが、思い出せな…

名誉なり・・

昨日書いた民法浦川道太郎ゼミ。その後、ニ三、思い出したことがある。 浦川教授のドイツ留学先のゲッティンゲン大学は、大学しかないような街で、勉学に集中できたという。グリム兄弟で知られた大学だが、グリムの話はなく、主にビールとソーセージの話をさ…

不法行為ゼミ

岸田新総理が早大法卒ということは承知していたが、総理指名でウィキペディアをみて、ゼミまで同じとわかって驚いた。民法不法行為 浦川道太郎ゼミ。一年上だから面識はない。 担当の浦川教授はドイツ留学帰りの新鋭、というか坊ちゃん坊ちゃんした先生で、…

ヒデキぃ~と共に去りぬ

西城秀樹はさして二枚目とは思えないが、体のスケールと声の色気が出色である。声質には “ 砂っ気 ” がある。砂のザラザラ感が、部活のグランドを思わせる。甘酸っぱい運動着の匂いも連想させて聞かせる。“ 花 ” がある。 テレビで西城秀樹の回顧番組をみて…

匂いの記憶

小学一年生の最初の一日、一時間目は音楽で、二時間目は国語だった。 音楽で最初に習った歌は、校歌だったと思う。 最初の国語の授業では、担任の女の先生が、教科書をなでてみなさい、と言い、 続いて、匂いを嗅いでみなさい、どんな匂がしますか? と質問…

世につれ歌につれ

梶原一騎と阿久悠の作はボキャブラリーでわかる。 講談的で、学生運動のアジテーション似で、一言にすれば男の子的である。「男」と「子」の両方にテンションがある。 昔、梶原作品を負け犬の話といった学友がいた。負けは負けでもやせ我慢の負けである。 阿…

未だ・・

小学生の低学年の頃、原っぱでミツカドこおろぎを採ったことがあった。その面相をみて、驚いてすぐに逃がしてしまった。一瞬、目があった瞬間の映像を今に記憶する。 数年して、小川でヤツメウナギを網ですくった。この姿かたちに胆をつぶして、これもすぐに…

少額積立

就職して直ぐに天引きの積み立てをはじめた。自発的というより、職場の暗黙のルールだった。月々の額は少額だったが、天引きだから知らぬ間に貯まり、30代で車になり、40代で家の頭金になった。その後も積立ては続け、今や老後の貯えとなっている。 今あらた…

廓のおもいで

テレビで「鬼龍院花子の生涯」を流していて思い出した。 閑長の卒園した幼稚園は、昭和の半ばまで遊郭だった。上田城の城郭が移築された施設として知られている。その建物が、昭和の前期、遊郭だった。 幼稚園生の朧なまなこではあるが、遊郭の佇まいは確か…

追想 米山城

昨日に引き続き、追想上田城の第二幕、米山城の段である。 上田城の北には攻撃と防御の固めとなる山城群が点在する。閑長の子供の頃は、昨今採り上げられることの多い砥石城より米山城の方が有名で、遠足でも行った。 頂上のような平たい場所に所々土を掘り…

追想 上田城

上田城は故郷のシンボルであり、遊び場であり、思い出の泉である。昨晩、テレビで城郭研究家の千田嘉博氏が上田城を「不滅の名城」として紹介してい、半世紀前の上田城の思い出が蘇った。 閑長は、上田城のお濠でスケートをした最後の世代である。遊びでもも…

こととものととき 

学生時代、「もの」と「こと」の選択に迷ったことがある。つまり、これからの人生、熱を入れて取り組む対象を、「〇〇〇〇のもの」とすべきか、「〇〇〇〇のこと」と置くべきか、と・・。今思えば、うら若き、悩み多き青春時代だった。人生不可解となって、…

閑長の不易流行

出身高校が創立120年を迎えて、顕彰番組の放送が続いている。観ていて驚いたのは、校舎や学生の変貌ではなく伝統そのものの変化だった。こんな伝統なかった、あの伝統はどうした、見当たらない、の目白押しである。卒業して四十数年を閲し、静かな驚きだった…

閑長の修学旅行

久々の同級会で、「修学旅行のバスで、君と隣だった」と、旧友に告げられ当惑した。全く覚えていなかったのだが、記憶を辿ると、車窓の風物と学生服姿がおぼろに蘇った。40年も前の旅である。 行き先は奈良と京都で、確か三泊四日の旅行だった。話は弾み、酒…