miyukie33ok’s blog

閑長のひとり言

閑長のひとり言

絵画鑑賞

前評判ほどは、

原田マハが持ち上げたゴンブリッチ「美術の物語」、読み終えたのだがさほどのことは無いと思う。むしろ同先生の「美術の歴史」の方がわずかながら秀でているように思われる。 ただ、強いて言えば画家の対比的な記述・評価などは、ほどほどに楽しめる。 ジョ…

両替お願いします

「コインに両替できない紙幣はニセ札だ」と喝破したのは、現象学の始祖エドムント・フッサールと記憶する。 意味するところは、どんなに難しく高尚な理論でも、かみ砕いて説明できないモノは皆まやかしだ、という意味という。 当妙の比喩に脱帽である。但し…

ロシアと南米

ロシアの国立トレチャコフ美術館の収蔵品をみて、ぜひ訪れたくなった。レーピン、クラムスコイ、シーシキンにスリコフにベロフ、珠玉の作品が並ぶ。これを観ずして死ねるか、とそんな気持ちになった。間違くなく観ずに死ぬのだろうけれど、険しく鋭い象徴力…

黒い正方形s

ロシアの画家マレーヴィチの「黒い正方形」は、閑長の大好きな作品である。 けれどもその作品が四つもあるとは知らなかった。クラックの有無、マット的な部分の大きさや汚れで識別できるらしい。 「絶対無」の思想を代表する作品なので唯一であってほしいと…

真一文字

映画「ボルサリーノ」で、アラン・ドロンが掌を上げるシーンがあり、手相でいう「ますかけ線」が写った。 日本で「ますかけ線」は、困難な状況下で力を発揮する成功の相とされる。 はたして手相判断に洋の東西があるのだろうか。 ともあれ、アランのキャラに…

ドレドレ

キリストの後ろ姿について、今まで二度ほど投稿した。「キリストの後ろ姿を描いた作品がない」と。ある美術館の館長に質問をぶつけるチャンスが巡ってきた。館長さんは西洋絵画の歴史に詳しく、入門書も多く描いている斯界の権威である。 返答は「記憶にない…

感性の連鎖

白洲正子が小林秀雄の骨董狂いを評して「焼き物をいじくり回したから、手で触って味わえるような文章が書けるようになった」と書いている。 運動神経に優れた画家のボタンの絵を観て、白洲のこの言葉を思い出した。 松尾敏男 「雨余」

加算画法

地方の公募美術展で力の込められた作品をたくさん観た。 オブジェクトが多く賑やかな作品、描き込みに念がいっている作品、そんな作品が多いと感じた。 行き過ぎると騒々しくなる。 一巡してオブジェクトと描き込みを減じた作品も観たい気持ちになった。

過ぎたるは尚・・「説明的」ということばが、絵画で描き込み過ぎの出来の悪い例として使われている。遠近法をはじめ絵画史は説明を高める歩みでもあったと思うのだか、やはりほどほどが良いのだろうか。かといって近頃の説明がつかない絵が評判になるのはど…

「ジョルジョーネ頌」

ティツィアーノに比定される作品を、ジョルジョーネ作と鑑定すると喜ばれるといわれるが、それは単に稀少性と価格だけの問題ではないと思う。 「詩想の画家 ジョルジョーネ」「絵画の発見 ジョルジョーネ『嵐』解説」を続けて読んで、絵画という芸道の象徴力…

リアルと神秘 実在と本質

岸田劉生は浮世畫の特徴を「『浮き世』に對する深いリアリズム」と言っている。 画家としての自己を写実的神秘派と称している。 してみると劉生の絵の解釈には、リアルと写実の向う側を見る目が必要と思う。 透徹した目を持たない閑長は、せめて劉生画を見続…

子は鎹

この絵を観て、和田三造の「南風」を連想した。 両方とも、半裸の海の男を描く画面の右に、男の子が一人描かれている。この男の子は画面構成上、不可欠のモチィーフに思える。 人物の集合画で子供の姿は、人数や大きさに関わらず、絵を引き締める要素とみえ…

描いてかき尽くす

熊谷守一はデッサンを「色を描くのではなく、光を描くのだよ」と語ったという。近藤啓太郎が書いている。 光が描けたら、味、匂い、音、と際限なく続くのだろうか。 けっきょく自然と、自然の中の存在そのものを、丸ごと描くことになる気がする。

眼は口ほどに・・

美人画、特に日本画の美人画は、体の撓り、襟元の懐、指の形態、眼のニュアンスが大切と思っている。 眼についていえば、手を抜かずとも、画力が衰えると、決まって少女漫画野ようになる。 簡単に情緒めいて描けるから・・ そんな作品が巷に少なくない。眼を…

訥言と一念

眼疾により盲目となった画家二人の話である。 田中訥言は江戸時代後期の絵師である。閑長は名古屋市博物館の加藤清正像が贔屓である。復古大和絵の祖として知られるが、視力を失ったため舌を噛んで命を絶ったと伝えられる。享年57。訥言とは、たどたどしい物…

もしかして・・・

源氏物語に登場する六条御息所の生霊を描いた上村松園の「焔」(ほのお)は、同氏の代表作の一つとして東京国立博物館に所蔵されている。絵には、蜘蛛の巣の柄の着物をまとった六条御息所が、長い黒髪を口に咥え、恨めしそうに振り向く姿が描かれている。背…

ティッツアーノとレンブラント

画家は没年に関係なく、描くべき作品を描き尽くた、というのが持論である。早逝と長命に関わらず、である。 べつの物差しで、傍から見て、恵まれていたか、山谷があったか、というと対照的なのが、タイトルの二人の画家である。 片や名声と長寿に恵まれ(ペス…

るす模様としての道

少し前に、キリストの後ろ姿を描いた絵を観てみたいが、そんな絵を観たことがないと投稿した。今も変わりがないのだが、最近、美術書を眺めていて、「こんにちは、クールベさん」がそれに近いように感じた。ギュスターヴ・クールベの代表作にして意欲作であ…

アースとアートの相互関係

ついさっきのこと、背中で聞いていたテレビで、自閉症の子らを対象とした遊園地を紹介したNHKニュースが「自閉症の子はアースカラーを好むため、遊具に茶色や緑を多用している・・」とアナウンスしてい、振り返ってしかと観た。朝八時ころのことである。背中…

大観力

閑長が横山大観の画に求めるのは、ち密さでも繊細さではなく、描写力でもない。では品格か、画境かと聞かれれば、そればかりでもない。 「老子」の顔貌や「風蕭々兮易水寒」の犬の四肢にみえる、大観にしかものせぬ表現の世界である。この世界は、俗に良い大…

後ろ姿のキリスト

ピエロ・デ・ラ・フランチェスカはキリストを仰視した アンドレア・マンテーニャは横臥するキリストを足の裏から描いた 同じく横臥のキリストを真横から描いてみせたハンス・ホルバイン 十字架のキリストを天空から描写したサルバドール・ダリ 古来、様々な…

好きな油彩画ベスト3

「サン・レミの風景」フィンセント・ファン・ゴッホ 「トランプをする人」ポール・セザンヌ 「壺の上に林檎が載って在る」岸田劉生 文学と同じく5点挙げようと思ったが、3点に留まった。 著名画の中から選んだ。 「サン・レミの風景」は不安定感と不確かさ…

ナナメ鑑賞の歓び

絵肌と訳されるマチエールは、線や色とちがって画集ではわかりにくい。三次元のモノを二次元で表現するには、斜めにしなければならず側面と裏面ができる。正面は正面でなくなる。 近頃観た一枚の絵は、見知りの絵であったがマチエールの素晴らしさに嘆息した…

ラファエロの微苦笑-ラファエロ前派

素人の管見であるが、ラファエル前派は、技法や作品の特徴、思想的な集団というより、ネーミングとスローガンの方が先行してみえる。もしも彼らが秘密結社的に「P.R.B.」こと「Pre-Raphaelite Brotherhood」と自称し、当時の美術界の体制に敢然と挑みかから…

写のみち様々

写実絵画を特集した番組で野田弘志が、「今、写実画を描けというのは、貧乏になれというようなもの」と語っていて驚いた。悪写実、過細密、ワル達者・・、様々あろうが、写実であるが故に到達できないという事はありえない。フォーブもシュールもみんな好き…

幻想の日本美術館巡り

西洋美術館に続けて国内美術館の場合。 一日だったら、大原美術館 一週間だったら、足立美術館 一か月だったら、大川美術館と梅野記念絵画館と宮城県立美術館。途中ホキ美術館を経由。 国内の所要旅行時間を含めた時間。大原美術館と梅野記念絵画館以外は耳…

マックイーンとブリンナー

映画「荒野の七人」で、ユル・ブリンナーの相棒として出演していながら、そのプリンナーを食ったマックイーンの演技がちょいちょい取り沙汰される。ピカイチは冒頭の霊柩馬車を運ぶシーン。散弾銃に弾を込める時、耳元で弾が湿気っていないか弾の音を確認し…

でっかいお姉さん、子供の目線

シャルダンの「買い物帰りの女中」を、画集で初めて観た印象は「でっかいお姉さんだなぁ」だった。特に下半身がデカイく、スカートがやけに巨大に思えた。本画は高だか長辺47㎝の8号大の作品である。 以来、この小学生の頃の第一印象を長く引き摺って来たの…

幻想の西洋美術館巡り

一日だったら、ブレラ絵画館かコンデ美術館 一週間だったら、ロンドン・ナショナル・ギャラリーかニューヨーク近代美術館 一か月だったら、メトロポリタン美術館 名立たる世界の美術館。すべて書物での知識。

青い空、茶の大地

シュールの前衛画家といわれる古沢岩美は、「日本のダリ」と称されたという。偶々観ていた古沢岩美のエッセイ集に書いてあった。画題とモチーフ、それにド肝を抜く描きっぷりが似ているという。 「日本のダリ」といえば、岸田劉生の「道路と土手と塀」(切通…