青い空、茶の大地
シュールの前衛画家といわれる古沢岩美は、「日本のダリ」と称されたという。偶々観ていた古沢岩美のエッセイ集に書いてあった。画題とモチーフ、それにド肝を抜く描きっぷりが似ているという。
「日本のダリ」といえば、岸田劉生の「道路と土手と塀」(切通之写生)とダリの絵の共通性を指摘した文章を、以前どこかで読んだ。確かに空の青さと土の茶色は両者共通である。読んだのは本格的な論稿というより、サラリとした一文だったが、もっと進めて「デロリの美」まで通底してはいまいか。ダリの有名な「記憶の固執」や「大自慰者」などを観ているとそう思われてくる。劉生の方がダリより十歳以上年長である。ダリを「スペインの劉生」とするのは行き過ぎとして、イメージでは劉生が先行している。
政策のお勘定は・・
経済対策も少子化対策、エネルギー対策も、全て国の施策には財政の支出が前提になるが、お金を使う以上、一定の効果は上がって当然である。その効果の理想的な現れ方は税収が増える事以下にない。税収増に直結しない、つまり税収の減少幅が減るとか歳出が減るとかいう効果だけでは、財政支出の当の支出金額までも“ 稼ぎ出す ”ことはできない。リアルなキャッシュ・アウトを埋められるのは現ナマのキャッシュ・インしかない。
ところで国債発行残高をみると、趨勢的に増加しており、減少に転じる気配は全くない。してみると、過去の〇〇対策、△△対策は、総体でみて、グロスで振り返って総括すると、お金を使った以上の効果は無かった・・とはいえまいか。繰り返すがお金を使う以上、一定の効果は上がって当然である。使ったお金、つまり当の支出金額までも稼ぎ出してこそ“ 効果あり ”と言えるのだから。
コロナ対策無用・・の立場では断じてありません。