一行の必然性
バーで飲んでいた開高健と川端康成が、「芥川賞なんて一行にやっていい」と語り合ったという。開高健は間違いないが、川端はもしかすると記憶違いかも知れない。多分間違いない。重なりはしないが両作家、選考委員を歴任している。川端は下戸だが、酒席は断らなかった。開高の言いそうなセリフだし、川端はあの眼光のまま、ニヤリとしそうな気がする。
「まさかね・・」がその時の感想だったが、読んで数十年も経つのにずっと心に残っていた。最近、ああ、あれがそういう一行かと、思うようになった。
『ファウスト』の「永遠に女性的なるもの」
『審判』の「これはお前だけの門だ」
『ペドロパラモ』の「もう死んでるのに」
『風と共に去りぬ』の「Tomorrow is another day」
その一行は人それぞれ違ってよい。もしかすると変わるかもしれない。その一行の必然性のため、数百ページがある。
阿部祐己「吊るされた跡」