miyukie33ok’s blog

閑長のひとり言

閑長のひとり言

毒消しビイル

 小沼丹を読み返した。一時田村書店の主人が「小沼丹も知らない奴は店に来るな」と弩やかして、知られるところとなった文学者である。読むと井伏鱒二日夏耿之介谷崎精二ら、早稲田文学の面々が出てくる。
 一冊読むか読まぬかする内に小沼の語りに浸っている。深呼吸をしてゆっくり息を吐いた心持ちである。解毒作用がある。困るのは、ピールをピイルと書いて、読むたびに喉が鳴ることである。しかもビイル、ビイルを飲んだと、実によく出てくる。小沼のビイルは伝播する。
 作品に戻って、小沼の文には思い出が多い。誰彼、どこそこ、何時いっかの思い出話が幻想のように語られる。実際、故人が現れる話も多い。何を“可笑しい”と感じるかでその人がわかると言ったのは確かゲーテだったが、なにを思い出と感じるかで、人となりと人生の行程がわかる気がする。

 晩年小沼は、健康上の理由でピイルを思うさま飲めなくなったらしい。その所感をどこかで「なんとも情けない」と書いていた。その語り口が恬淡としていて、ビイルを飲むとき、フト思い出す。
 
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