「麦秋」に乾杯
小津安二郎といえば東京物語が挙がる。映画監督が選ぶ映画雑誌のランキングで第1位に選ばれた名画である。閑長が一押しするの「麦秋」である。日本映画の最高作の一つと思う。小味と反語を随所に効かせつつ、抑制を効かせつつ堅固なメッセージが語られる。
杉村春子は、一人息子を持つ寡婦 矢部たみを演ずる。たみは、原節子の紀子をオフィスに訪ね、帰り際に出口を間違えてしまう。紀子は息子の婚約相手である。こんなフトしたシーンから、遠くないたみの死が予感される。
婚約者の家を訪ねた紀子が、忘れ物をもって客を追いかける。その時、玄関戸が少し開いたままになっている。玄関戸を映した静止画に、紀子の帰宅のみならず嫁入りが暗示される。
ハンフリー・ボガード、イングリット・バーグマンの「カサブランカ」も反語が生きている。「君の瞳に乾杯」は、「君の嘘なら騙されよう」と観れなくもない。ボガードのそれと感じさせない芝居が良い。
名優・名監督は言うに及ばず、必然性を自然に感じさせるいい本(脚本)と、雰囲気の粒子まで映しそうな良い目(カメラ)が小味と反語を引き立たせる。