偶然と純粋
芸術の品格の尺度を「制作の純粋性と成果の偶然性」とし「火の神の思し召しである焼き物」をもって「最も品格の高い芸術」と言ったのは、たしかポール・ヴァレリーだった。
その伝でいけば、焼入れをもって完成させる日本刀の品格も同じように称揚されていい。以前、知り合いの刀工さんに、お弟子さんにすべて任せて、ひとつの工程だけ自分で行うとしたらどこか、と尋ねたことがある。この素人らしい質問に、微笑を浮かべながら「焼入れ」と応えた刀工さんの表情が印象深い。もう何年も前に物故されたが。
刀剣の魅力は姿に波紋、そして地金である。優美で実戦的な反り、働きが効いた個性的な刃文、何よりも地金の色と目、肌が、焼き入れという偶然かつ一瞬の工程に左右されると思うと、作り手も祈りにも似た、純粋な気持ちになるのだろう。偶然は神の思し召しで、純粋の母でもある。