達意の減筆
セザンヌの「塗り残し」は本のタイトルにもなる位、有名なエピソードだが、いわゆる未完の魅力は近代以降の事と思っていた。最近、「Non finito」、“ 未完成 ”なる技法がルネサンス時代にもあったと知って、啓発された。
“ Non finite ”の好例、「ピエトロ・アレティーノの肖像」はテッツアーノ作で、モデルのアレティーノ自身が「畏怖すべき驚嘆」とし、「息をし、脈打ち、その精神は活動している。まさに私が実人生でそうしているように」と賛美している。アレティーノは同時代の文筆家で、最初に絵を見た時にはデッサンのような筆致に面食らったとも告白する。全体のタッチと描き込み方、特に袖口の仕上げに“ Non finite ”の腕が存分に振るわれている。
たった今“ 未完成 ”を技法と書いたばかりだが、適当ではないだろう。画家の熟達の眼の所産であり、観者への静でいながら雄弁なメッセージというべきと思う。