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閑長のひとり言

閑長のひとり言

外の眼、死人の役

 以前テレビでお能を観ていて、死人が現れる場面があり、ラテンアメリカ文学を思い出した。ガルシア・マルケスの「百年の孤独」でもルルフォの「ペドロパルモ」でも死人が生きている人のように描かれ、キーとなる役を演じている。
死人の出るお能は「井筒」だったが、能は死者の踊りといわれる位、死霊が多く登場する。

 お能ラテンアメリカ文学も、生者だけでは”生”を表現できないから、死者を登場させただろう。絵でいうならば、抽象画として描く現実であり、写実画で追求する深い美である。
 そう思う時、ある牧師の言葉を思い出した。プロテスタントの牧師北森嘉蔵は、「愁いなき神」で人間のことを知るためには人間だけ追及するだけでは足らず、神の世界まで拡大して初めて人間が知れるとしている。東京の事を知るために東京の境界から東京を眺めては不十分で、東京の外から東京を見なければわからない、と例示する。物事に正対するだけでは全体を知ることのできない知の限界。域外の世界、対立世界から通観することで全体が知られる不思議がある。
 
 書いていて、以前にも記事とした気がしてきた。ままよ、もう一度でも投稿したい。

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