名人の次手
川端康成は自作のなかで「名人」が一番気に入っていたという。「名人」は「不敗の名人」が敗れる姿を、観戦記者からの目で書いた囲碁小説で、川端がかねて描いてきた「雪国」や「古都」からみると異質の世界である。男の勝負の世界をえがき、筋がしっかりとある。小谷野敦は川端康成の評伝で、“「名人」が好きという人は川端が嫌いな人である” と評している。足場と構成がみえるのである。
囲碁では、「直接的な手は打つな」といわれる。小局に拘泥せず、戦略をもって対局をものにせよとの戒めだろう。
将棋では「手のない時は隅歩を突け」という。こちらは自王の退路確保と相手王の逃げ道封じか。
含蓄への入れ込みは果褒に陥りやすい。けれども文豪の「名人」好みには、「名人」一作の鑑賞では味わい尽くせない作品世界があろう。