刻まれる
数学者でエッセイストの藤原正彦は、父であり作家の新田次郎に「一つの文章に同じ言葉を二度使うな」と言われたという。今に戒めとしている寸言であるが、記憶を紐解くと例外がたくさんあって当惑もする。
学生時代、生協で上下二冊本で買った志賀直哉の「暗夜行路」は、書き出し部分に“力こぶ”という言葉が何回も出てくる。力こぶを入れて伝えたいにしても、学生時代も気になったものだ。
文章読本は作家ごとにある、いうのが実情なのかも知れない。読み手の感想をいえば、二度、三度使われると印象に残る。文の目印ともなる。それを一回だけ使うと、念が込められる。
絵描きも同じと思う。得意な構図、人気のモチーフ、決め手の色は、惜しみ惜しみ使って活きる。