miyukie33ok’s blog

閑長のひとり言

閑長のひとり言

えとせとら

合う相性、作る相性

絵画に関わっていていつも思うのは、交換や借り物の「額」が “ 合う ” という事の少なさである。 6号のような在り来たりのサイズでも多くがが合わない。たまたま合っても、雰囲気や時代が合わない。 額縁以外の、桐箱、差し箱、被せ箱、黄袋、アクリルでも…

秋空

はてなの投稿、ボケ防止と老いの小言のために始めたブログである。10年くらいは簡単に書き続けられると思っていたが、1年経ってみると覚束ない。もっとも投下する時間が毎日15分程度だから、偉そうには言えない。取り敢えず数では徒然草の244段を越したと思…

プリミティブだと届く

突然だが“ こども語 ”が話せると思っている。こども語の定義も辞書もないが、幼児語である喃語と異なり、年少さんから小二までの子の話し方である。娘二人の話し方で習い、覚えた。 「子ネコいるよ」「ジャムぬった方が美味しいよ」などと話す。言い切り型で…

道の思い出、記憶の途

古い写真や映像を見ていると、写っている道で、その場所や時代の記憶が蘇ることが多い。歩きながら、あるいは自転車や車を運転しながら、見るともなくみていたことが理由と思う。思い出を心に折りたたむには、時間と身体が必要なのかもしれない。 ]

てんぴん

大谷翔平の“ショー”タイム!は、最早日米をこえてワールドワイドな現象である。投打にわたる活躍という言葉を高校野球からメジャーにまで拡大した。まさに野球の申し子である。 将棋の羽生九段が通算100タイトルを前に足踏みをしている。最高位竜王タイトル…

先手と後手、コロナの場合

将棋は先手か有利で平均勝率は先手が53%という。タイトル戦で三勝無敗という場合、三勝は先手か後手かで評価がわかれるようだ。もし将棋が、両者、同時に差すというルールだったら、混迷がますか、勝負がすぐ着くのか・・、両方の場合があるのだろう。 コロ…

不退転と “観”の眼と

藤井二冠が高校を中退して将棋に専心する。その意気やよし。 将棋には大局をみる “観” の眼が大切という。歳を重ね、境地と位が高まるほど、その重要度は増すという。 将棋を離れ数十年を経て、かえって将棋が強くなった、という話を聞く。離れていた間の経…

吹いても飛ばない一手目

「将棋の勝敗は全て一手差、私と素人の方が差しても同じです」と語ったのは、当時、名人位にあった大山康晴だったと記憶する。対談かなにかで読んだとき、単純に“そりゃ、二手続けて差せれば、誰でも勝てるサ”と早合点したものだ。もっと深い意味と将棋観で…

流れる

人気画家にも流行があって、若冲、フェルメールは半世紀前にはさほど騒がれていなかった。閑長が幼いころ読んだ美術画集に、若冲の絵はは小さく二点、フェルメールはデルフトの眺望しか掲載されていない。当時はマチスとルオーの時代だった。 今、流行と書い…

大きい小さい騒々しい

芸能人格付けランキングという番組で、正解もし、間違いもしたお正月。判断の基準はやはり、モノの大小か。まとめようとしているか、謳っているか。騒々しいのはダメ、こまいのはもっとダメ。そんな基準で正答率八割だった。

京七石のさびと艶

近頃なぜか京都関連のTV番組が多く、異国文化に触れる気分で観ている。着物美人の数人が帯を誉め合う場面の一カットで、偶々蟇蛙のような庭石が映り「貴船石か」と眼を瞠った。 京都には加茂七石とか京七石とも呼ばれる庭石の名石がある。石好きの閑長はこの…

世俗の次にくるもの  

西太平洋ミクロネシアのヤップ島を、孤島の楽園、文明の手垢、眼あかとは無縁の場所と思っていた。ところが、VANの石津謙介が「リタイアしてヤップ島に住みたい・・」と言っている雑誌記事を見つけ、この聖地も俗化している印象を抱いた。石津は2005年に…

われら、そば蛮族

そばの最初の一たぐりを、汁につけずそのまま食する光景を目するが、そば湯でそばを啜ると、香りも味もそばに浸れる。汁の合間に、そば湯で啜る。これが閑長のそば食の流儀である。そばもそば湯も少なめがいい。 古代の遠征記を記した書で、今に忘れない印象…

閑長の雪の朝

朝起きて見たら、うっすら雪が積もっていて驚いた。予報も降雪だったのだろうか。薄い雪と小鳥の足跡で、中学生のとき、宿題で作った短歌を思い出した。 庭先に小さき足跡目につきて小鳥かと思う雪降りし朝 半世紀後の今、同じ光景で一首ものした。 初雪の小…

純粋睡眠批判

勤め始めた頃の職場のアンケートで「朝10時まで寝ていたい」と答えたことがあった。“今、一番、何をしたいか”というような質問だった。-今朝というには早すぎる深夜一時半に目覚めてしきまってい、眠りについて考えた。 シェークスピアのマクベスで、魔女に…

珈琲の味なあじ

バルザックは「コーヒーを飲むと精神に号令がかかる」と、一日50~60杯のコーヒーを飲んで執筆した。 だから人間喜劇の主人公は皆、“感情の自動激化”ともいうべきキャラクターで登場する。 オイラーに次ぐ論文執筆数を誇るポール・エルデシュは、数学者を「…

白の余韻

日本画は余白の美で映え、余白で魅せている。空白であるが、「空っぽ」ではない。 絵画の余白を思うと、ことばと沈黙との関係を想起する。ことば、とりわけ文学作品は行間の沈黙でも語っている。陰と陽のように支え、補っている。絵でも詩でも余白は、余情の…

境と異文化

長野県は八県と接していて、この数は日本最多という。他県を小さな異文化とすれば、多くの山岳や峠、川の存在が、二つの文化の境界の役割をしている。 八つの境界に接しているにもかかわらず、染まらず、染めず、それぞれ県としての独自性を保っている。その…

屈折の味

シェークスピアの「ロミオとジュリエット」は、ロミオの年上の女性ロザラインへの片思いの話から始まる。ロザラインは生涯独身を誓った身で、悲嘆にくれるロミオは気分転換で出かけた先でジュリエットに出会う。二人の悲恋の本題からは、最初から寄り道した…

蟷螂の夢 邯鄲の斧

晩秋になってカマキリを見かけると蟷螂の斧のことわざを思う。いわずと知れた、空しい抵抗の譬えである。邯鄲の夢もはかなさの諺であるが、シルエットも似たこの二つの俚諺の、夢と斧を入れ替えても十分に通じそうな感じがするのは、中国古典の含蓄の深さで…

前後即成立に非ず 説法即先覚に非ず

徒然草に枕草子、そして方丈記を日本の三大随筆というらしい。この三作品、高一で徒然草を習い、二年で枕草子、その後土佐日記や鏡物と一緒に方丈記を知ったから、成立順も履修順だとばかり思っていた。放送大学を視聴し、平安時代に枕草子がなり、鎌倉の前…

表現のむこう側

テレビで死人が現れる「井筒」という「能」をみた。能は死者の踊りといわれるほど、死霊が多く登場する。見終わったあと、ラテンアメリカ文学を思った。ガルシア・マルケスの「百年の孤独」でもルルフォの「ペドロパルモ」でも死人が生きている人のように描…

アナザーと一期一会

映画「風と共に去りぬ」は、レッド・バトラーに去られ、打ちのめされたスカーレットが「明日は明日の風が吹く」と呟いて自分を鼓舞するシーンで終わる。原文「Tommorow is another day」。タイトルの"風"に掛けた翻訳で、男性的なスカーレットらしい。直訳す…